フランス料理のシェフとして食の世界に入ったと聞きました。
はい、実は若い頃はボクシングに夢中で、世界チャンピオンなどを輩出していた名門目黒ジムに通っていました。アマチュアで4戦4勝2KOの成績を収め、これからプロでという直前に拳を骨折し断念しました。その頃バイトしていたフランス料理屋のシェフが琉球空手の元日本チャンピオン。その人から「君は料理人になるべきだ」と強く勧められ、その道を進むことを決意しました。20才でフランスに渡って、ヨーロッパ各地を飛び回って、一度日本に帰ってからハワイやロスでも仕事をしました。日本では知る人ぞ知る名店と言われたフランス料理の成川亭でも働き、その時は素晴らしい先輩や仲間達に恵まれ、多くのことを学びました。その後東京・千鳥が淵近くにあったフェアモントホテルで10年間総料理長を務めました。
グアムに来たきっかけは?
フェアモントホテルの後輩からグアム行きの話がありました。実は私はむかしダイビングに夢中で、ダイブマスターを取得するほどでした。チュークやポナペ、コスラエ、マジュロなど、ミクロネシアのきれいな海もたくさん潜りました。グアムは経由するくらいで滞在した時間はほとんどありませんでしたが、美しい海のイメージがあったため決断にはそう時間はかかりませんでした。そして1999年の9月、残念ながら今はもうありませんがホテルアクシオンの総料理長としてにグアムにやってきたのです。同ホテルには当初5つのレストランが完成する予定で、私はそれらを統括する立場として赴任しましたが、このホテルは経営上いろいろ問題を抱えていたようで、計画は未完了で営業したレストランはわずかに1軒。ホテル施設も当初の計画の約1/3しか完成しませんでした。私はその後、東商(TOSHO GUAM)に引き抜かれ、経営の立て直しを任されました。その後ホテルアクシオンは結局閉鎖し整理されてしまいました。
経営の立て直しはうまくいったのですか?
東商はホテルやレストランに食材やお酒などを販売する会社です。私は営業では食材を単に紹介するだけでなく、実際に料理方法や現価計算法などをアドバイス、「この食材はこのように使ったらとてもいいですよ」と提案をしながら商品を勧め顧客を拡大しました。実際は提案だけ聞いて次回からは他の会社から取り寄せるお客さんもいて、なかなかこの商売は難しいと思ったこともありました。でも約5年かけて会社の経営は安定、軌道に乗せました。東京にあった親会社の東洋商事は日本国内で食材の卸販売をする傍ら、レストランや居酒屋チェーンなど多数の店舗を展開していました。私は日本でも同社の店舗の立ち上げに携わっていたため、当時は日本とグアムを行き来する生活でした。そのうち「完全にグアムを任せた」という話になり、正式に東商を買い取りオーナーとなり、日本の親会社から独立することになったのです。
その時はどのようなお気持ちでしたか?
私は東商に入社した時、日本の親会社のようにレストランの仕事をするつもりでいましたから、結局グアムでその機会をもらえないままオーナーになったことには正直戸惑いもありました。ですから経営が安定したらレストランをやりたいとチャンスをうかがっていました。しかし私は卸業として食材やお酒などをホテルやレストランに販売する仕事をしていますから、「なんで卸屋がレストランをやるんだ!」と厳しい意見が聞かれたのも事実です。グアムは狭いですから、日本の親会社のようにはいかないことはわかりました。またお客さんの中には「食材の卸屋は相当儲けているのでは」と誤解している人もいるようですが、実際に私たちの仕事は利益率も低くリスクのある商売です。常に在庫の確保も必要ですが、商品が必ず全て売り切れるわけでもありません。この狭いグアムでは競争も激しく、また最近はホテルグループなどでは独自のルートで食材を直接買い付けるところもあります。
世界中から直接食材を取り寄せるそうですね。
私はフェアモントホテルの総料理長をしていた頃から、食材は業者任せではなく商社の担当者と直接話していました。世界のどこにどんな食材があるかということを、その時に学びました。今でも欲しい食材は私が世界に張り巡らせたネットワークを活用、例えば子羊はオーストラリア、蟹はアラスカ、黒豚はカナダなどといった自分の経験と実績から探し、それらを一度ロスアンゼルスに集めてからグアムに送るようにしています。私の仕事は卸屋というより一次商社かもしれません。世界各地に仲間がいてくれることも心強いですし、今まで人間関係をを大切にしてきてよかったと思います。
私がグアムに来た時から、今でもそうですが野菜を始め手に入る食材が限られています。これは規制と値段の両方に原因があります。ですからこだわりのある食材は、努力しないと手に入らないのです。私はグアムの食生活が豊かになるよう、がんばって来たつもりです。従来は一塊でしか販売しなかったものも小分けにしたり、皆さんにご利用いただけるよう工夫もしてきました。
なぜ日本風の焼肉レストランをオープンしたのですか?
私にとってグアムのホテルやレストランはお客様ですから、やはりレストランをオープンするにあたりバッティングしないことをまず最初に考えました。グアムは韓国人が多く韓国風の焼肉はたくさんありますが、日本風の焼肉は現在タモンにはなく「これならいいかな」と考えました。私は今でもホテルアクシオンが経営陣の都合で閉鎖に追い込まれたことが悔しく、このレストランはそれに対するリベンジのようなところもあります。そのため厨房のスタッフはアクシオン時代の仲間を呼び寄せました。それからフロアスタッフは元オークラホテルの従業員に来てもらいましたので、とても良いサービスが提供できると思います。
レストランの特徴について教えてください。
食材の卸屋の私がやっているのですから、一般的な人気メニューだけでなく、今までグアムでは食べられなかったものも揃えました。これらは卸業として仕入れるにはリスクがありますが、自分のレストランなら思い切ってできます。昨年のオープン以来グアム在住の日本人のお客様を中心にたくさんのご利用をいただいていますが、やはり皆さんには牛タンやカルビと言った人気メニューがよく出ます。しかしぜひ次回は白コロ、はらみ、ホルモン、レバーなどにもぜひ挑戦して欲しいですね。またご飯は日本から、そして専用のジャーも日本から取り寄せ、必ず一升ずつ炊いて、全て炊きたてでお出ししています。カリフォルニア米にも「ひとめぼれ」など日本のブランド米がありますが、やはり全然違いますね。先日も観光客の子供が「ご飯おいしかった」と言った時は本当にうれしかったです。スタッフはみなローカルですが、やはりうちのご飯が一番おいしいと言います。ウインナーも日本で食べるような「パキッ!」と言う食感のものを用意しました。アメリカでは豚の腸は食材に使えないので、あまり味わえない味です。またアラカルトメニューも充実、US神戸カルビやロースも自信を持ってお勧めします。全て私がこだわった食材ですので、ぜひ楽しんでください。
2月から日曜日も営業になりましたので、お休みが全くないですね。
はい、でも日曜日は夕方からの営業で、時間があればとにかくゴルフです。奇数週の日曜日は「BB会」の仲間とプレーします。この会では各人が努力目標を設定するのですが、私は「95叩いたら、みんなにビールをおごる」という設定にしました。みんなとてもいい仲間で、後半はカウントダウンでプレッシャーをかけてきたりします(笑)。気の置けない仲間と楽しむゴルフは、つかの間の休息です。
最後にグアムのどんなところが好きですか?
私は東京の品川の生まれですが、グアムが好きですね。今はレストランを始めて忙しくなってしまいましたが、それまでは子供と過ごす時間がたくさんありました。日本で働いていたら、なかなかそんな時間はないですよね。今は東京に帰ることは考えられません、寒い冬も苦手ですから(笑)。