アイランドニュース
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山上 幸男 さん(グアム補習授業校)インタビュー

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今までの経歴について簡潔に教えて下さい。

 生まれも育ちも兵庫県です。勤務校も地元でした。校長を定年退職後、グアム補習授業校に採用され、3年前グアムにやってきました。海外校は、インドのニューデリー日本人学校やアイルランドのダブリン補習授業校等で校長を務めました。  

現在の校長先生としての具体的なお仕事の内容についてお聞かせ下さい。

 学校経営のほかに中学3年生のクラス担任で、土曜日の国語の授業をもっています。また火曜日か金曜日の午後4時10分から2時間、小学4年、6年の算数や中学1年、2年、3年の数学の授業を担当しています。本校は、日本の学校のように教頭先生や教務主任、生徒指導、保健の先生などがいません。だから、学校新聞「ここなつ」の発行や保護者への案内文の作成、生徒指導、スクールバスの運行手伝い、学校の戸締りなど、すべてが仕事です。

学校はどのような雰囲気ですか?

 本校には、教育熱心な良い先生が集まっています。だから職場は子どもの教育について喧々諤々、先輩後輩の別なく議論をしますし、また冗談を言い合うなど、家庭的な雰囲気で笑い声が絶えません。和気あいあいという感じです。日本人学校の職員室が隣にありますが、日本人学校から補習授業校の職員の笑い声がよく聞こえてくるといわれます。

グアムでの3年で、一番大変だったこと、苦労したのはどのようなことですか?逆に一番うれしかったことはどのようなことですか?

 着任当初、先生の絶対数が不足していて困りました。困ったときの妻頼みで、妻に手伝ってもらってどうにかなりました。頭痛の種は、補習授業校は「赤字(経営)だ。赤字だ」と言われ続けていましたので、宣伝が必要だと考えました。そこで思いついたのが学校新聞を校外に掲示して、本校を知ってもらうことだったのです。日本では全国学校新聞コンクールで「文部大臣賞」や「新聞と教育賞」などをいただくことで、少し自信がついていました。そこで東京マートなどにお願いして掲示をしました。そうしたら、保護者から「子どもの顔が掲載されているこの新聞で、誘拐をされるようなことになったらどうしてくれる」など苦情が入り、数か月で東京マートの掲示をやめました。「米軍のグアム移転に伴い、生徒数が増えるのではないか。基地内に新聞を掲示したら」と言ってくれる保護者もいますが、掲示に二の足を踏んでいます。以前、体育館建設新聞の発行に際して、「子どもの顔出しをしてもいいか?」と保護者にアンケートを取ったところ、回答者の全員がOKだったのですよ。新聞教育については、日本でも海外でもNIE(NEWSPAPER IN EDUCATION=教育に新聞を)に取り組んでいましたので、私の名前で検索していただくと、私の昔の活動状況が出てきたりします。

 うれしかったことは、卒業生が希望の学校に合格した、と次々うれしい知らせをもってきてくれることです。

日常いつも心掛けていること、意識していることはありますか?

 保護者の中には、国語や算数、英語などの5教科の成績だけを学力と考え、音楽科や図工科の評定点が悪くても気にしない人がいます。現に3月20日に卒業式を行いますが、「2時間も子どもは退屈な話を聞かなければならない。その時間、勉強をさせてほしい」と言う保護者もいます。しかし、人間形成には「知育、徳育、体育」の全領域、すなわち、「子どもの好奇心、創造力、人を思いやる心、体力、集中力」を伸ばすことが大事です。子ども達が将来岐路に立った時、「最良の道を選べるようにしてやりたい」、「生きる力をつけてやりたい」と、「教科書を教える」のではなく、「教科書で教える」教育を進めています。例えば、中3では、「入学式、卒業式の写真はどこから写す?」「さびれた商店街を活性化させるには?」など、考えさせたり、アイディアを引き出す問題を投げ込んだりしています。先生方については、働きやすい職場づくりを心がけています。また、自分のことに関しては、「同じ1日を過ごすなら毎日を楽しく!」と楽しんでいます。私の座右の銘は、「打たれない杭になる」です。「出る杭は打たれる」なら「出ない杭はどうなる。腐る」。だったら、「出て打たれる」が、さらに精進努力して「打たれない杭になる」ことです。なかなかそこまで到達していません。いつも皆さんに打たれてばかりです。

学校改革に取り組まれたと聞きました。具体的にどのように改革されたのですか?

 学校改革というほどたいそうなものではありませんが、補習授業校を学校らしくしただけです。小さなことでもおかしいなと思われることを一つ一つ改めていったのです。例えば、着任早々地震を経験しましたが、学校行事に「避難訓練」がないので取り入れ、生命の尊厳を児童生徒に教えました。また、運動会で行うラジオ体操の指揮者は今までは校長が壇上でしていたそうですが、入学式や卒業式の生徒挨拶は「○○君がいいのではないですか」とその都度考えていたそうなので生徒会を作り、運動会の体操指揮は体育委員長、挨拶は生徒会長や副会長がするようにしました。

 そして、3年前「ホームページの作り方」本を購入し、本校のホームページ(http://www.geocities.jp/guamjapanese_school/) を作りました。しかし、あまりスマートな体裁ではありませんので最近2つ目を作ってみました(http://guamjs.jimdo.com/)。

 卒業生が授業に入り、先生の補助をする制度やプリスクール生の休み時間に中学生と交流を図り、ケガがないようにもしました。また、漢字能力を上げるために補習校検定を毎学期行い満点者には賞状と賞品を贈っています。賞品は、PTAで買っていただいています。

 また、教育目標に「国際社会に生きる日本人として、望ましい習慣や文化を習得させる」とありますが、生徒は授業でしか学べないので、雑煮を児童生徒にふるまったり、書き初め大会を催し日本の正月を実感させ、子どもが日本文化に触れられる機会を作りました。また、卒業式には赤飯で卒業生を祝い、日本の卒業式を味わってもらっています。学校日誌、沿革誌、卒業台帳などが見あたらなかったのでそれも作成しました。

休みの日はどのように過ごしますか?

 本校は土曜日だけの学校ですので、普段の児童生徒の活躍を知るために、カメラを提げて子どものがんばっている場所に出向いています。サッカーの試合があると聞くとサッカー場へ。野球があると聞くと球場へ行きます。サッカーの場合、監督が私のユニフォームからサッカーシューズまで用意してくれるので、観戦というより子ども達との試合になります。夜は、子ども達が出演するダンスや音楽会、オペラ等の観賞に出かけます。何もない時はいつも、プライベートビーチをもっている現地の人に、「君らはファミリーだ。いつでもビーチにおいで」と言ってもらっているので、その海で過ごしています。そこで泳いだり、魚を取ったり、ハンモックで読書したりしています。またチャモロのお年寄り達にマッサージをしてあげています。ただ、鍛え上げた人の体は、皮膚がとても硬くて、ツボを押さえるのが大変。1人を終えるともう汗だくです。現地の人たちは、親戚関係が広く、私の名前の英訳から私を「ハッピー」と呼び、かわいがってもらっています。

最近仕事上であった印象深いトピックスなどありましたら紹介してください。

 スクールバスの現地運転手(50)に英語で話しかけたら日本語が返ってきました。彼はスクールバスの児童生徒や観光バスに日本人ツアー客を乗せることがあるので、最近日本語の勉強を始めたそうです。このことは、生徒集会でさっそく児童生徒に話して聞かせました。

今凝っている事、夢中になっている事などありますか?

 今凝っているという訳ではありません。以前から好きで人前で披露しているのがマジックです。だからいつもトランプを持ち歩いています。本校でもミニ集会で生徒にマジックを見せました。トランプを破り、そのかけらを生徒に持たせ、用意した数個のオレンジから選んでもらった1個の中からカードが出てきて、切れ端がぴったり合うというマジック等です。グアムではできないのですが、日本では校務員さんに道具を作ってもらって、文化祭などに生徒が消えたり、移動したりする大がかりなイリュージョンマジックをよくしました。生徒も校長である私に「あの種はこうだろう」等と親しく話しかけてきてくれ、交流に役立ちました。お陰で私の学校は不登校が0で、他の校長からうらやましがられていました。

グアムでよく行くところ、お勧めの場所、お気に入りは?

 先に話しましたビーチや農場です。農場では、オクラやナスの取り入れの手伝いをします。新鮮な空気を吸いながらとても気持ちのいい時間を過ごしています。

グアムのどんなところが好きですか?

 自分が8月生まれで暑いのが好きなのか、とにかくグアムの暑いところが好きです。また、日本でも昔そうであったように、若者が年長者を尊敬する風習です。私も、尊敬を込めた頭を下げながらの握手をよく受けます。

これからの夢、目標についてお聞かせください。

 体の続く限り、子どもの教育に携わっていきたい、と思っています。また、大手の出版社の編集者から原稿を書くように強く言われているので、良い作品を書きたいなと思っているところです。